長寿物語


 徳之島は、誰もが認める長寿の島です。長寿は世界一であると同時に、子宝日本一でもあるのです。通年で温暖であり、高齢者および年長者には敬愛の気持ちと、「子は宝」という古くからの諺が象徴するように、地域ぐるみで育てているよき島であり、いい島んちゅばかりです。

 イサム少年は、おっかん(母)から、ま〜ぐさ(長命草)をとってくるように頼まれていました。

 海岸の少しとりにくい場所に、ま〜ぐさ(長命草)は、生えています。イサム少年は、それがみそ汁に入ったり、あじゃ(父)の刺身のツマになることを知っていました。

 おっかん(母)の作る料理は、豪華さこそないものの、ボリュームがあって思わず「あ〜ま(母)まぁーい(うまい)!!」と言うものばかりでした。その日の油そうめんや、みそ汁にも、ま〜ぐさ(長命草)が入っています。島で一番の長生きのあじゃ(じいちゃん)やあま(ばあちゃん)もおいしそうに食べてます。

 おっかん(母)に頼まれて、ま〜ぐさ(長命草)をとりに行ってるイサム少年は、食事やソーダむちぃ(島のお菓子:黒砂糖と小麦粉・ソーダで作る蒸しパン風 のもの)にも入っているので、「なんで、ま〜ぐさ(長命草)を使うのか?不思議に思っていました。ある日、おっかん(母)に聞いてみました。おっかん (母)は、「あじゃ(じいちゃん)やあま(ばあちゃん)が長生きしてくれているのは、一杯の黒糖焼酎とま〜ぐさ(長命草)を毎日たべているからよ」と教え てくれました。その日以来、イサム少年はいつもより多めにま〜ぐさ(長命草)をとってくるようになりました。

 おっとう(父)とあじゃ(じいちゃん)が刺身を食べている時に、「かみゅむん? (たべるか?)」とやさしいあじゃ(じいちゃん)が言ってくれます。

 島では、昔から家長である、おっとう(父)とあじゃ(じいちゃん)がいちばんでした。その絶対的なものは食事だけでなく、風呂に入る順番も決められていました。お年寄りや年長者を敬うことは、島の誰しもが自然に行っていることであり、何の不思議もありませんでした。

突然の脳梗塞

 若い頃から、人の何倍も努力して会社を立ち上げてきた勇田勇は、地域の人々の推薦もあって町会議員(大島郡天城町)になり、とても忙しい日々を送っていました。
多忙と日頃の不摂生もあり、健康管理はなおざりになっていました。その数年は、出張や議会活動で、家庭で食事を摂ることができず、外食に頼っていた日々でした。 
 50代の半ばの夏の日、とつぜんの異変が体を襲いました。右半身の不自由と言葉まで出なくなりました。脳梗塞でした。救急の患者として、島の病院へ運ばれて救急処置を受けました。家族には「二、三年しか命の保証はできない」と、医師から言われていたそうです。数日後、鹿児島市内の病院へ転院して治療とリハビリが続きました。


 病院では、最先端の治療と投薬を受けていましたが、なかなか思うように体は改善できません。 ・・・何か、他の民間療法や漢方の薬などを調べていました。
 そんな時、島の長老が見舞いに来て「勇、なぜ長命草を飲んでないのか、病院の薬と一緒に飲んだらいいだろ」と一言、言い残して帰りました。
 勇田 勇は「アッ、そうだ」と、昔からの食生活が頭を過ぎりました。早速に、息子たちに長命草を採ってきてもらい、お茶にして引用し始めました。


 ・・・すると、どうでしょうか? 担当医が驚くくらい、血圧が下がり、体調が回復したのです。・・・健康の源は、すぐ近くにあったではありませんか。育ててくれたふるさと、長寿の島・徳之島と長老のアドバイスのおかげです。
 勇田 勇自信も長命草のその名も知らぬ頃から海辺に取りに行き、お茶や料理に使って食していたことを思い出して、成分などを調べました。すると、ビタミン・ミネラル・食物繊維・βカロチンなど、ほぼ完璧に近い栄養バランスがあることが分かりました。ポリフェノールの含有量も多いのも特徴です。さらに、動脈硬化の要因といわれている悪玉コレステロールを防ぎ、自身の病気に効果があるのではと思いました。(事実として体調回復を自身で経験した)

人生ひとり